麹の話

麹ってなに 麹ってなに

麹ってなに

麹とは何でしょうか。まず言えることは「麹」は微生物です。つまり極めて小さな生き物ということなのですが、単体ではなく微生物の塊であるというほうが正しい表現です。また、麹はカビである「麹菌」を穀類に繁殖させたものです。

「え!カビ!?ということは体に悪いものじゃないの!?」という方にまず一言。この世界にはカビにもいろいろあり、人間にとってありがたくないカビもありますが、ありがたいカビもあるのです。そして何を隠そう麹は、人間の役に立つカビの代表なのです。このお役立ち仲間は、乳酸菌や酵母菌など。また、パンなどに生えるアオカビもチーズづくりに使われたり抗生物質のペニシリンの材料になるなど、使い方によっては人間に有益なカビに変身することがあります。

では麹菌がどんな風に人の役に立つかというと、一言で言えば食生活です。麹は自らの生命活動として、穀物や野菜、果実、肉などをさまざまな成分に分解するという働きをします。この活動を「発酵」と言い、私たちは発酵の力を上手に活かすことで、食品を長持ちさせたり、調味料やお酒を造ったりしてきました。つまり麹は人の食生活を豊かにするうえで不可欠な存在というわけで…麹と人の関係には、深い深いものがあるのです。

人に役立つ麹の「仕事」 人に役立つ麹の「仕事」

人に役立つ麹の「仕事」

微生物であり生き物ですから当然のことですが、自らの仲間を増やしたり子孫を残していくための生命活動をします。では、発酵とは具体的にどんな現象なのでしょう。

カビである麹菌にはコロニーという仲間が大量に集まった塊をつくろうとする性質があります。そしてコロニーづくりのために菌糸という"腕"を伸ばすのですが、この際に酵素を発生させるのです。この酵素がポイント。

一口に酵素といっても、その成分も働きも多様なのですが、中でも人にとってありがたいのがたんぱく質をアミノ酸に分解したり、でんぷん質をブドウ糖に変えるといった働きです。これによって食品自体が消化しやすいものになり、含まれる栄養分を余すところなく人体に採り入れることができるようになります。それだけではありません。実はこの分解活動は、人の舌が心地よく感じる味わいを作り出してくれるのです。もとより良い食生活は健康の素。それが「美味しさ」という付加価値まで連れてきてくれる…麹の発酵を食生活に生かすということは、そういうことなのです。

こうした麹の活躍。私たちの遠いご先祖様はきっと気づいていたのでしょう。なんと奈良時代にはすでに、麹を使った発酵食品が作られていましたし、物や経済の流通が劇的に盛んになった江戸時代には、酒蔵をはじめ味噌屋・醤油屋など、今でいう食品製造販売会社に種麹を販売する種麹屋まで暖簾を掲げていました。

そして今、21世紀。麹の発酵がもたらす有用性が続々と発見され始めています。どうやらそのパワーはまだまだ未知数と言って良い麹。私たちはこれからも、長く深くつきあっていきたいものですね。

麹ができるまで 麹ができるまで

麹ができるまで

麹の中でも、日本酒醸造をはじめ活動分野が広いのが米麹です。それがどんな風にして作られるのかご紹介しましょう。
よく洗った米に充分に水を含ませた後、一度しっかり水切り。その後、ご飯のよう炊くのではなく蒸し上げます。
蒸し上がった米は麹菌を繁殖させるために専用の部屋「麹室」に運び込まれます。この時、不要な菌が付くのを防ぐために、職人さんたちの服装や出入りにも充分な注意が払われます。

麹室に運ばれた蒸し米は広く平らに広げられます。これは、蒸し米の温度を麹菌が快適に元気に育つための温度にまで下げるためです。
蒸し米に麹菌を付けますが、この際の麹菌は細かな粉状になっています。それをふるいのようなものを使い手作業で丹念に蒸し米の上に撒いたり、送風機のような機器で室内に空気の流れをつくって全体に散布したり、そのやり方には種麹屋や酒蔵ごとに独自のスタイルがあります。

麹菌が蒸し米にしっかり定着するよう、よく擦り込みます。力加減や蒸し米の湿り具合など微妙な状態を感知したり推し量りながら進められます。専門の職人さんたちも非常に神経を使う仕事で、作業の良し悪しが出来上がりの品質を決定的に左右するとまで言われています。
麹菌を擦り込まれた蒸し米は塊にまとめられて加温されたり、また広げられたりを繰り返されることで表面に麹を育てていきます。

麹室の中に花が咲きます。といっても実際の花ではなく成長した麹菌の胞子のふくらみがあたかも花のように見えるのです。残念ながら肉眼でハッキリとみることはできないのですがその光景を顕微鏡で眺めたなら、蒸し米の上に一面に薄緑色の"花畑"を見ることができるでしょう。「麹」が「糀」とも書かれるゆえんです。

なお、最近、料理の味付けにはもちろん、"食べられる調味料"として急速に人気が高まり、商品の充実も進んでいる塩麹や醤油麹。これらはその大半が米麹を主原料としてつくられています。

麹の色は黄色・白色・黒色 麹の色は黄色・白色・黒色

麹からできる麹菌には3つのタイプがあり、黄・白・黒の3つの色が名前に冠されています。
その麹菌たちをご紹介しましょう。

  • 黄麹菌
  • 白麹菌
  • 黒麹菌
  • 黄麹菌(きこうじきん)

    黄麹菌の別名はニホンコウジカビ(学名=アスペルギルス・オリゼ)。その名の通り、日本にしか存在しないという珍しいタイプのカビで、適度な温度と湿度の合致がなければ繁殖しない繊細な性質を持っています。しかし、昔々からの日本人にとっては、黄麹菌こそがオーソドックスな麹菌。なにしろ現代ほど輸送手段や科学知識・技術もない時代。そこに一番豊富にあって手に入り易い材料がニホンコウジカビなのですから。そして、それを使った結果、日本独自の調味料や酒が生まれたことは当たり前といえばそうなのですが、なんとなくうれしい話ではないでしょうか。
    なお、焼酎を代表する薩摩焼酎もかつては黄麹菌を使って醸造されていましたが、今ではその座を白・黒の2色に譲っています。

  • 白麹菌(しろこうじきん)

    今日の焼酎隆盛期を創ったとも言える麹菌です。冠された色は白ですが、なんと先祖は黒麹菌。それが人の手を借りることで突然変異株として生まれ変わりました。この白麹菌で醸造した焼酎はそれまでの黒麹菌醸造に比べてスッキリとした味に仕上げることができます。それが昨今の焼酎人気を作り出すことになったのでした。

  • 黒麹菌(くろこうじきん)

    黒麹菌の別名はアワモリコウジカビ。その名が表す通り、沖縄が琉球の時代から泡盛の醸造役を一手に担ってきました。それがドラマチックに変化していったのは20世紀。まず、焼酎醸造にも使える黒麹菌が生み出されます。これによって焼酎醸造は黄麹菌から黒麹菌へ。その後、黒色という色の問題点や温度管理が難しいことなどの黒麹菌の欠点を克服させた白麹菌が生まれると、今度は黒麹から白麹への移行が始まります。しかし、その後、今度は白麹菌から進化した新しい黒麹菌が誕生。かくして今度は白から新しい黒への回帰…焼酎の醸造は現在、その移行期にあります。

麹が生んだ和の味たち 麹が生んだ和の味たち

  • 日本酒

    昨今、国境を越えて愛好家がじわりじわり増え始めている日本酒。その独特な味わいこそ、日本独自の麹菌・ニホンコウジカビの働きの賜物でしょう。広い世界を見渡せば酒類は地域や風土によって千差万別ですが、その中でもひときわの深い味わい、その完成度の高さに比する種類はそうあるものではありません。今日の日本酒党はニホンコウジカビとそれを生んだ日本の気候風土、そしてニホンコウジカビを活かすことに着目したご先祖さまたちに大いに感謝しつつ、杯を干そうではありませんか。

  • 味噌

    日本の調味料の代表といえばたいていの人が「醤油」と答えるでしょう。しかし、実のところ、今日の醤油の先祖は味噌。そうなんです。日本ではまず味噌があり、醤油が生まれたのです。では、先達たる味噌はというと、その元祖は古代中国にあり、それが朝鮮半島を経て日本に伝わったのではないかと考えられています。しかし、今日の日本の味噌が大陸伝来の味そのままかというと決してそうではありません。
    というのも味噌は日本に渡り、定着する過程において大きな変化を遂げたのです。その理由はニホンコウジカビとの出会い。先の項でも述べている通り、ニホンコウジカビは日本にしか生えない独自の麹菌。その劇的な出会いによって、味噌の先祖は日本の「味噌」となったのです。言い換えれば、朝食や各種定食の定番である味噌汁やまざまな味噌料理はニホンコウジカビ無くしては生まれなかったかもしれない味。その偉大さを、温かな一杯をすすりつつ考えてみるのもいいかもしれませんよ。

  • 醤油

    私たちの先祖は奈良時代すでに、「ひしお」と呼ばれる調味料を使っていました。広義的には醤油の先祖のひとつとされていますが、その材料は主に魚介類。つまり「ひしお」はニョクマムやナンプラーなどの東南アジアにおけるオーソドックス調味料である魚醤(ぎょしょう)の同類。いま私たちが一般的に「醤油」と呼んでいる調味料とは一線を画しているというのが厳密なところでしょう。
    では、今日の醤油の先祖は何かというと、「味噌」の項でもご紹介しているとおり、日本の味噌。味噌づくりをしている際にできた黒いたまり汁をなめてみたら「旨いじゃないか!」というのが今日の醤油の起源といわれています。
    今日では寿司をはじめとする和食人気もあって世界にその味を認められている醤油。しかし、もしもニホンコウジカビが存在しなければ、昔々の「たまり汁のうま味」との出会いもはたしてあったかどうか…そう考えると、ニホンコウジカビの偉大さに、ちょっと拍手を送りたくなりませんか。

  • 本みりん

    みりんは米麹に蒸したもち米やアルコールなどを加えてつくります。50%近い高い糖度が料理の味付けや照り出しに役立つため、おいしい和食づくりにはぜひとも用意しておきたい調味料です。もっとも、食卓の歴史に登場した1500年代末当時はあくまでも酒扱いで、珍酒として飲まれていました。しかし、やはり酒としての魅力はイマイチだったのでしょうか、100年後の1600年代末頃には調味料としての地位を確保しています。なお、昨今よく見かける「みりん風」などの酒類の調味料は本みりんとは別物。大半が発酵食品ではなく、麹は使われていません。

  • 奈良漬(粕漬け)

    漬物類は麹菌ではなく乳酸菌発酵で作られるものが多いのですが、奈良漬(粕漬け)や、その名の通りの麹漬けには麹の力が生きています。また、ワサビ漬けやからし漬けなど酒粕を使う漬物も麹の力を活かした漬物。この他、有名ではないけど地方の味として伝えられる漬物の中にも、麹を使った漬物を発見することができます。

  • 甘酒

    甘酒には、酒粕を溶かして作る方法と米麹から作る2種類の作り方があります。
    江戸時代の人々にとっては米麹で作る甘酒が極めてポピュラーな飲み物でした。現代社会を生きる私たちにとっての炭酸飲料や缶コーヒーなどのように。もちろん、その頃は自動販売機が存在するわけもありませんが、江戸や難波など大きな町中では、甘酒売り専門の行商人が「甘酒〜」の粋な掛け声を響かせていましたし、国と国とを結ぶ街道には甘酒の看板を掲げた茶店がありました。なにしろ甘酒はアルコール分がほとんど無いので下戸の人はもちろん、子どもでも飲める飲み物。酒よりもはるかに多い消費人口を抱えていたのです。
    なお江戸時代だけでなく、昭和の末頃までは海水浴場の売店で、冷えた体を温めるための温かい甘酒やあめ湯を打っているのを見かけることも決して珍しいことではありませんでした。

[甘酒余談]

甘酒は歳時記辞典においては、実は夏の季語。暑いさなかにあえて熱いものを飲むというのは、現代に限らずひとつの健康法であったようですが、その歳時記を探ってみると、こんな句に行き当たります。

一夜酒 隣の子迄 来たりけり(ひとよざけ となりのこまできたりけり) 一茶 / あま酒の 地獄も近し 箱根山(あまざけのじごくもちかしはこねやま) 蕪村 一夜酒 隣の子迄 来たりけり(ひとよざけ となりのこまできたりけり) 一茶 / あま酒の 地獄も近し 箱根山(あまざけのじごくもちかしはこねやま) 蕪村

甘酒の別名である「一夜酒(ひとよざけ)」で詠んだ小林一茶の句はほのぼの一茶らしい句ですが、なんとも不思議なのが与謝蕪村の句。これは、箱根温泉の湯の沸く様が甘酒が釜の中で沸く様に似ているからというのが良識的訳なのですが、意外に茶目っ気があったという蕪村。そして、「甘酒なんざぁ、女こどもの飲み物」と言う意気がりが多かったという江戸っ子、そして蕪村も江戸っ子でとくれば…真意は本人のみぞ知るといったところでしょうか。

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